金糸の歴史

みなさんは、着物や帯、お祭りの衣装などできらめきを添える「金糸(きんし)」をじっくり見たことはありますか?

華やかで厳かな美しさを持つ金糸ですが、実はその歴史は1500年以上も昔にさかのぼります。

今回は、大陸から伝わり、日本の美しい文化へと進化を遂げた「金糸の歴史」を紐解いていきます。

日本最古級の金糸

日本の金糸の歴史は、今から約1500年前の古墳時代(6世紀頃)に始まります。

国内最古とされる金糸はどこから?

滋賀県野洲市にある「甲山古墳(かぶとやまこふん)」から、当時の金糸のかけらが出土しています。これが現在、日本国内で見つかっている最古とされる金糸の資料として知られています。

古代の金糸と現在の金糸との違い

甲山古墳の時代に使われた金糸は、現代の箔糸とは製法が異なりますが、金属の輝きを繊維装飾に生かすという発想には、通じるものがあります。

古代の金銀糸には、薄い金属帯を細く加工し、有機質の芯に螺旋状に巻き付けたものが確認されています。金や銀を極めて細く、美しく加工する技術は、当時としては高度な金属工芸の一つでした。

6世紀後半以降には、各地の古墳や墓から金銀糸の出土例が知られています。

また、奈良県明日香村の飛鳥池遺跡では、7世紀後半頃の金糸製作に関わる資料が出土しており、この頃には日本国内でも製作が行われていたことがうかがえます。

大陸との交流を背景に伝わった技術

古墳時代後期から飛鳥時代にかけて、日本は朝鮮半島や中国大陸との交流を深めていきました。

仏教、文字、建築、金工、織物など、多くの文化と技術が海を渡った時代です。

金糸に代表される金属加工や繊維装飾の技術も、こうした交流を背景に日本へ伝わったと考えられます。

6世紀後半の金銀糸には朝鮮半島製とみられる例があり、7世紀後半には飛鳥池遺跡で製作が確認されていることからも、外来技術を受け入れながら国内の技術へと育てていった過程が見えてきます。

和紙・漆・金箔が生んだ日本の金銀糸

金属の光を、紙と漆で織物に

時代が進むにつれ、日本では和紙、漆、金箔という優れた素材と加工技術を生かした金銀糸づくりが発達しました。

その代表的なものが「平箔(ひらはく)」です。

金銀糸・平箔の伝統的な製法では、目止め加工をした和紙などに漆を塗り、その上に金箔や銀箔を貼り、細い帯状に裁断します。文化庁は、江戸時代の金銀糸・平箔製作としてこの工程を記録しています。文化庁は、金銀箔を漆で紙に接着してつくる平箔と、それを裁断して金銀糸にする技術を「金銀糸・平箔製作」として記録しています。

平箔は、そのまま織物に使われることもあります。また、細く裁断した平箔を絹などの芯糸に巻き付け、撚りをかけて金糸にする方法もあります。

紙を土台に金箔を貼ることで、金属の輝きを保ちながらも、織物になじみやすいしなやかな素材となります。

光の角度によって表情を変え、きらびやかでありながら、やわらかく奥行きのある光を生み出せることが、この技法の大きな魅力です。

本金糸・平箔・引箔の違い

金糸に関する言葉には、似ていても意味が少しずつ異なるものがあります。

  • 本金糸は、純金箔を用いる金糸を指すことが多い名称です。
  • 平箔・箔糸は、和紙に金銀箔を貼り、細い帯状に裁断した平たい素材です。
  • 撚金糸は、裁断した平箔を絹などの芯糸に巻き付けてつくる糸です。
  • 引箔は、箔を貼った和紙を細く裁断し、主に織物の緯糸として織り込む技法・素材を指します。 

このように、金糸の世界には、使う素材や製法、織物での使われ方によって多様な呼び名があります。

なお、国内に金銀糸を用いた古代の織物遺品は伝わっていますが、和紙・漆・箔を用いた金銀糸製作が大きく隆盛をみせるのは、江戸時代以降と考えられています。

西陣織を支えた城陽・南山城

京都の織物文化を支える産地へ

京都・西陣は、長い歴史を持つ高級織物の産地です。金襴、帯、能装束、寺院の裂地など、華やかな織物を彩るために、金銀糸は欠かせない素材でした。

その西陣織を支える金銀糸の重要な生産地となったのが、京都府南部の城陽市を中心とする南山城地域です。

城陽市の資料によると、この地域での金銀糸製造は幕末期に始まり、明治に入ると農家の副業として発展しました。幕末には、淀藩の下級武士の妻女による手仕事として始まったと伝えられています。

西陣織の産地に近く、材料を供給しやすい立地であったことも、城陽・南山城地域が金銀糸の産地として発展した背景の一つです。

水と湿度が支えた職人の仕事

城陽の金銀糸づくりを支えた大切な条件の一つが、豊かな地下水と湿度です。

伝統的な本金糸や平箔の製造では、和紙に漆を塗り、その上に金箔や銀箔を貼り付けます。漆は、適度な湿度がある環境で硬化が進む性質を持つため、製造には温度と湿度の管理が重要になります。

城陽は地下水に恵まれ、湿度を保ちやすい環境にありました。西陣織の産地に近いことに加え、こうした気候風土が漆を用いる金銀糸製造に適していたことが、城陽・南山城地域が産地として発展した理由の一つとされています。

一本の糸に宿る1500年の知恵

大陸の交流とともに海を渡ってきた金属糸の技術は、和紙・漆・金銀箔を扱う伝統技法に。

今度、着物や伝統的な織物を目にする機会があれば、ぜひその細い糸一本一本に注目してみてください。

そこには、1500年もの歴史と、日本の職人たちが紡いできた細やかな手仕事の輝きが、今も息づいています。

参考文献

  • 文化庁「選定保存技術 金銀糸・平箔製作」
  • 文化庁「飛鳥池工房にみる古代技術」
  • 野洲市・野洲市観光物産協会「甲山古墳」「桜生史跡公園」
  • 城陽市『広報じょうよう』2024年3月1日号「城陽の特産品を知ろう 金銀糸」
  • 公益財団法人古代学協会「金糸のはしっこ、つなぎめ―遺物観察ノートより―」
  • 城陽商工会議所「城陽の金銀糸に関する紹介資料」