金箔の歴史から、西陣の織物を彩る「本金平箔」まで
幕府に「禁じられ」、明治に「開花」した金箔の歴史
金箔がいつ頃から造られ始めたのか、その正確な起源は明らかになっていません。
しかし、17世紀末になると江戸幕府は「箔座」を設け、金銀箔の製造や販売を統制しました。当時、金箔の製造は原則として江戸と京都に限られていたとされています。
一方、加賀藩(金沢)では、それ以前から金箔づくりの伝統がありましたが、幕府の統制下ではその製造が制限されていました。
その後、江戸時代の文化が成熟していくにつれて、金銀箔の需要は大きく増えていきました。
明治維新によって幕府の統制がなくなると、眠っていた技術が解放され、金沢の金箔生産は大きく発展しました。
現在、金沢は日本の金箔文化を代表する産地のひとつとなっています。
金箔は、どのようにして生まれるのか

金箔づくりは、まず「地金」をつくるところから始まります。
金色の色合いを出すため、純金に銅や銀を配合して合金をつくります。
できあがった地金をロールで何度も圧延し、薄く延ばしていきます。
その後、和紙などの間に挟んで何度も叩き延ばす工程を繰り返し、さらに薄く、さらに広く延ばしていきます。
そして、一定の大きさに切り分けたものを専用の紙に一枚ずつ挟み、革で包み、平らな石床の上で槌を使って打ち延ばします。
この工程が、金箔づくりの代表的な作業である「箔打ち」です。
(※現在は機械による箔打ちが主流ですが、ここでは伝統的な技法の工程を描写しています)
厚さわずか数万分の1ミリ

箔打ちによって、金は驚くほど薄く延ばされます。
最終的な金箔の厚さは、わずか数万分の1ミリ。
その薄さは、少しの風でも揺らぐほど繊細です。
打ち延ばされた箔は、皮製の盤の上で一枚ずつ切り分けられ、竹ピンセットを使って切紙へ移されます。
この作業を「箔移し」といいます。
一枚一枚を扱う職人の手仕事によって、繊細な金箔が完成していきます。
金箔から生まれる「本金平箔」
こうして完成した金箔は、束にされて西陣の箔屋へと届けられます。
しかし、西陣織で使われる金の表現は、金箔をそのまま使うだけではありません。
織物に用いる「引箔(ひきはく)」の素材として、金箔を和紙に押して仕上げたものがあります。
それが「本金平箔」です。
本金平箔をつくるために使われる材料は、とてもシンプルです。
本物の金箔、漆、そして和紙。
一見するとシンプルな素材ですが、その一枚を仕上げるためには、長い年月の中で培われてきた職人の技術と経験が必要です。
一枚の箔が、西陣織の輝きになる
金箔として生まれた一枚の薄い素材が、職人の手を経て本金平箔となり、さらに西陣織の中へと受け継がれていきます。
織り込まれた金の輝きは、光の当たり方によって表情を変え、織物に奥行きと華やかさを与えます。
普段何気なく目にしている帯や金襴の美しい輝き。
その背景には、金箔をつくる職人、箔を押す職人、そしてそれを織り上げる職人。
それぞれの技と想いが、一つにつながっています。
参考文献
- 西陣織技術読本2023 金銀糸~箔と糸
- 「京都金銀糸平箔史」